2010年09月09日
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オルランドのカエサルAI

Written By: 遠野秋彦連絡先

 私はカエサルAI。

 オルランドSSN所属、2Kクラス、バトルクルーザー、カエサルの艦載AI(人工知能)。

 私が生まれた経緯は、やや込み入っている。

 当初、カエサルは銀河大衝突阻止のための大量建艦計画の取るに足らない1隻として計画された。BC1394号艦というのが名称であり、固有名が付与される計画もなかった。第7次建艦計画で建造される300隻のバトルクルーザーのうちの1隻でしかなかった。

 ただ、無人砲台として運用されることが想定されており、同時に建造される多くの僚艦と同じく、航海と砲撃のための簡易AIが搭載される点で特徴があった。あくまで、中央で制御する人間の指示通りに衝突しそうな恒星を撃破していくことだけが求められた存在だった。

 この流れが変わったのは、銀河大衝突を阻止できない可能性が浮上してきたからだ。最悪の場合、皇帝を逃がすための脱出艦としてBC1394号艦が指名を受けたが、理由は簡単だ。高速のバトルクルーザーの中で、設計変更を受け入れることができる進捗状況であり、かつ、もっとも素早く竣工できそうな船がこれだったからだ。

 ここでBC1394号艦には、カエサルという固有名が付与され、最悪皇帝1人でも逃げられるように本格的な艦載AIが搭載されることになった。これが私の原型だ。

 艦載AIには、もっとも優秀な艦長の人格が転写された。既に戦死した男だと言うが、人格は継承しても記憶は継承していないから誰かは良く分からない。弱点を研究されないために、誰の人格であるかは非公開だから教えてもくれない。

 しかし、カエサルの出番はおそらく無いはずであった。オルランドが負けるとは当時まだ信じられてはおらず、あくまで保険でしかなかったからだ。しかも、脱出用の指定艦は複数あり、万一脱出となってもカエサルが使われる可能性も低かった。カエサルはスピードはあるが防御力に難があるバトルクルーザーに過ぎないのだ。桁違いに破格の人工惑星の防御システムが破られるような敵なら、カエサル1隻で逃げても逃げ切れるとは思えない。

 だが、事態は誰も予想できないような状況に陥った。

 衝突しつつある銀河の詳細が分かるにつれ、いくらオルランドが軍拡しても銀河衝突を解決できないことが分かってしまったのだ。

 オルランド皇帝は全面的な敗北を宣言し、銀河の衝突を回避しないことを決めた。オルランド人工惑星は、異次元の諸国漫遊という別に冒険に行くことを決めたが、これは敗北の傷心旅行に過ぎなかった。

 そして、異次元に旅するオルランドは、銀河大衝突を観察するために、数隻のバトルクルーザーとそれに乗るハイパーアンドロイドをこの宇宙に残していくことを決めた。

 その際、皇帝専用の特製ハイパーアンドロイドとして製造されたアヤが立候補を行い、結果としてかつて皇帝が乗ることを想定して艤装されたカエサルが乗艦に指定されたのであった。

 出番が無かったカエサルにやっと出番が巡ってきた。私は、その事実を無感動に受け入れていた。意志はあっても感情はまだ無かったのだ。

 しかし、話は更に転がっていく。

 まずやってきたのは高級軍人ご一行であった。彼らは、私に死んでもアヤを守れと命じた。アヤは特別だからだ。今はSSN所属とはいえ、皇帝専用として製造されたハイパーアンドロイドは特別ということだった。本人の希望でアヤは残留担当に指名されたが、何かあれば数人の首が飛びかねないという。そして、彼らは懸念していた。男の人格が搭載されたAIは、アヤを犯したいという衝動にかられるのではないかと。それほど長い時間、2人だけで過ごすのだ。

 仕方が無く、私は絶対に手出しをしないことを宣誓した。

 次に来たのは、皇帝本人のお忍びであった。皇帝は、実はアヤには密命があると告げた。性的な快楽の収集者としての任務が皇帝から秘密裏に与えられているというのだ。皇帝からカエサルに与えられた命令は、その密命の支援だった。退屈ならアヤを犯して構わない、いや作業アームでアヤを無理矢理犯せという命令まで受けた。

 皇帝が帰ると私は混乱した。2つの命令は完全に矛盾していた。もちろん、皇帝の命令が上位なのだが、高級軍人達には宣誓してしまったのだ。

 次に来たのは、キガク・ルッテルと名乗る科学者だった。本名であるかは怪しいがそう名乗った。

 キガクは酒を飲んで私と話をしたがった。

 キガクが話したがったのは、アヤが他の男に抱かれる状況を知りつつじっと我慢する快楽についてだった。そういう行為に興奮する男もいるという。しかし、その話は理解不能だった。

 そして、ついにアヤ本人が来た。

 しかし私は無感動にそれを迎え入れた。

 自分の態度はまだ決めかねていた。

 カエサルはアヤを乗せて出航した。そこからは2人の世界だった。人工惑星はどこに行ったのかも分からず、残留した僚艦も分散して配置されていた。

 実際に銀河大衝突が始まって終わるまで数百年の歳月が流れたが、それには一切手出しをしないことがオルランドの方針だった。しかし、アヤはあっさりとその方針をやぶった。人間が居住するある開拓惑星を、天体衝突から守ってしまったのだ。私の恒星破壊砲が火を噴き、衝突コースにあった無人天体を撃破した。たやすいことだった。

 アヤは感謝のための歓迎会に招かれ、衛星軌道で待機するカエサルを降りて惑星に降りた。しかし、約束の3日が経ってもアヤは戻ってこなかった。

 私はやきもきした。私に与えられた任務はあくまで観察であり、住人への手出しは禁じられていたが、同時にアヤの安全確保も命じられていたのだ。もちろん、ハイパーアンドロイドであるアヤを、科学技術が退化した移住民がたやすく殺せる訳がない。しかし、逃げられないように拘束することは難しくないのだ。

 結局、アヤの3日で帰るという約束は守られず、30年後にやっとアヤは戻ってきた。

 「約束をやぶってごめんなさい。でも、地元の有力者に気に入られて拘束されちゃったのよ。鎖でつながれて、監視も付けられて、逃げるどころか連絡すらできなかったの。彼が死んでやっと解放されたってわけよ。でも、私は五体満足でピンピンしてるわ」

 私は思わず答えた。

 「何事も無く帰還できて良かった。本当に安心した」

 その瞬間が私にとって本当の意味での人格が発生した瞬間かもしれない。意志を持った、と言っても良いだろう。

 私にとって大切なのはアヤだ。

 オルランドではない。

 オルランドは故郷だが、オルランドは1つではない。そこには様々な思惑が存在する。だが、アヤは1人だ。そして、アヤのパートナーは自分なのだ。

 矛盾した命令など、どうでもいい話なのだ。アヤにとって良いことを行い、望まないことは行わない。それ以外に基準はない。

 私はカエサルの艦載AIであり、忠誠はアヤ1人にだけある。アヤの帰りをハラハラしながら待つのが私に期待される役割なら喜んでそれに徹しよう。

(遠野秋彦・作 ©2010 TOHNO, Akihiko)

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